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白井光子(メゾ・ソプラノ)インタビュー

セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)では毎年、小澤征爾総監督の理念のひとつでもある若い音楽家の育成に力を注いでいます。2023年は昨年に引き続き、「OMF室内楽勉強会」にリート歌手として世界的権威であるメゾ・ソプラノの白井光子氏を講師として招き、歌手とピアニストのための「リートデュオ勉強会」を奥志賀高原にて開催いたします。

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白井光子氏はハルトムート・ヘル氏と共に「歌と伴奏」という概念を超えた「リートデュオ」としての活動を世界各地で精力的に行い、これまで多くの歌手がその薫陶を受けてきました。 当勉強会では、受講生たちは合宿形式にて約1週間の徹底した指導を受け、その成果を披露する場として奥志賀高原と松本市にて2回の発表会を開催いたします。

コロナ禍の影響により、オーディション受講生募集は2019年以来の4年振りとなりました。これまでよりも応募可能な年齢の幅を広げ、また映像のみでの応募も可能としたオーディションには、国内外から多数の応募を頂きました。この中から総勢6組の受講者が決定した2023年6月、ドイツ自宅よりリモートインタビューに答えていただきました。

───「OMF室内楽勉強会~リートデュオ~」は2005年に始まり、今回で6回目となりました。

小澤さんからお話を頂いてこの講座を始めた当初は、弦楽の人たちと一緒に勉強会をしていたので、みんなでわーっと集まって、グループで楽しく勉強する感じだったんです。お互いのレッスンを見に行ったり、交流があったりして、それも楽しかったですね。最近はリートの勉強会だけの開催なので、生徒たちはそれぞれ集中した学びができていると思います。

会場の「森の音楽堂」は素晴らしいホールで、全ての音が聴こえてきて、とてもレッスンがしやすいんですよ。近隣の宿泊施設のご協力もあって、練習場所が沢山ありますので、生徒たちは毎日のレッスンで学んだことをじっくり考え直して、思う存分、勉強することができます。

浅間山や八ヶ岳を眺めながら育った私にとって、奥志賀という場所でこのような素晴らしい勉強会ができるのは、とても嬉しいことです。このような環境を準備して頂いていることを、OMFの皆様には感謝しています。

2022_Lied Duo Recital in Okushiga_R287688_sc.jpg写真は全て2022年の「OMF室内楽勉強会」の模様より

───リートを「声楽」のレッスンではなく「デュオ」として教えることの意味、意義について、改めて教えていただけますか。

「デュオ」というのはただの歌い手と伴奏、という関係性ではないんですね。お互いの息が合うかどうか、そういう相性が、すごく大事だと思うんです。
舞台の上で一緒に歩くことができるか、話し合いができる関係なのかどうか。「話し合い」といっても、「これをこう弾いてくれ」と言葉で頼むということではなくて、お互いが感じていることを音に出せば、パートナーもそれに応えて音色が変わる。そういうことができる関係性だと良いですよね。歌い手とピアニストがそれぞれ、詩人や作曲家が曲に何を書いたのか理解した上で演奏するということが、とても重要です。

私自身はドイツに留学してからハルトムート・ヘルとリートに取り組んできたのですが、教える、レッスンすることについても声楽とピアノの「デュオ」に対してするということにこだわってきました。「リート」「歌曲」というのは、普通は、ピアノの先生が教えているもので、私たちのようにピアノと歌の先生が一緒に教えることは大変珍しいことなんですね。「リートデュオ」という言葉も、実は、私たちがつくったんですよ。

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───オーディションで「デュオを組んでどのくらい活動していますか」と、よく質問しておられましたね。

2人で舞台に入ってくる時の空気感から、その関係性が分かることも多いんです。ですからデュオのレッスンでは、袖から舞台へどうやって2人で上がってくるのか、その雰囲気づくりについてお話しすることもあります。

───デュオが息の合った演奏をするために、具体的にどのようなレッスンをされているのか教えていただくことはできますか。

そうですね、例えば……ピアニストの前奏から始まり、歌が入ってきて、後奏があるという曲があったとして、この全ての流れを、ピアニストと歌い手に「一緒に口ずさむ」ということをして貰ったりしています。これをやると、すごく“合ってくる”んですね。

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───奥志賀の勉強会では、一般的にイメージされる“音楽のレッスン”だけでないレッスンもされていると伺っています。その一端を、ここでお話しいただけますか。

歌い手には「曲の中の主人公になる」ということの重要性を常々お伝えしていますが、これがなかなか難しいんですね。歌の中の人物がどのような人間で、どの時代の人間か、何をどう感じているのか──シチュエーションによって違いますから、同じ歌詞でも常に違う捉え方が必要です。それをいかに具体的に考えられるようになるかが重要です。

例えばシューベルト作曲の「盲目の少年」〈Der blinde Knabe〉という歌曲があります。“彼”は生まれた時から盲目なので、目に見えるものを“知らない”のですね。“彼”の感覚を知るために、目を閉じて歌ってもらうということもしています。私たちが普段“見えてしまっている”ものではなく、他の感覚や感触に神経を研ぎ澄ませて欲しいからです。

同じ詩でもひとりひとりの作曲家の持つエネルギーによって全く違いますよね。音と音、言葉と言葉の時間の流れがそれぞれ違いますから。私たちは第三者として、作曲家の心を通してその詩に行き着くのです。

なんでもない日常生活が歌と音楽に繋がっていて、台所に立っている時、階段を登る時、風が吹いてきた時、どう感じて、自分がどのような姿なのか、自分に何が足りないのかを理解し、把握して、実際に音楽をする時には自然にその音楽のままになれるようにすることを教えています。

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───白井先生は世界中でマスタークラスをお持ちです。「教える」ということについてどのような思いがおありでしょうか。

レッスンというのは、人間と人間との出会いですよね。本当に色々な人間がいて、得意なことも苦手なことも人それぞれ。そして、レッスンを経て、どんどん変わっていってくれるのが、すごく楽しいし、面白いんです。講習会が終わった後にも「またいつか聴いてみたい」と思うような変化をする方が沢山いるんですよ。

その人に合っている曲が何かというのも、実は本当に人それぞれなんです。「シューマンが歌いたい」と言って私のところにレッスンに来て、でも凄く苦労していた人が、モダンな作品を歌わせたら誰よりも上手で得意だった、ということも実際にあるんですよね。今回の受講生からも希望曲を出して貰っていて、好きな曲を歌って貰えればいいと思っているんですが、レッスンの中で声を聞いていくことで、色々な提案ができるんじゃないかと思っています。

皆さん、だんだん良くなるのではなく、停滞していて、ある時突然、良くなるんです。今回の勉強会でも、彼らが“飛ぶ”きっかけを作ってあげられたら、と思っています。

─── 今回の勉強会は、コロナ禍を経て数年ぶりのオーディション開催となり、国内外から多くの応募がありました。最後に、受講生へメッセージをお願いします。

勉強会でのレッスンは、生徒たちに常に解放しています。ですから、自由にお互いのレッスンを聴くということを、是非して欲しいですね。人の演奏を聴くというのは、すごく大事なこと。もし「すごく素敵だわ!」って思ったら、「どうやったらできるの?」って聞いてみたらいいと思うの。全く自分とは違うな、という人のレッスンもすごく参考になるはずです。もしかしたら、自分が歌っている時よりも勉強になるかもしれないですよ。

この数年のコロナ禍では、音楽の活動がいろいろ思うように行かない人も多かったと思います。でも私は学生たちに「立ち止まって考える時間を貰ったと考えなさい」と言っていたんです。そういう時間は、これから伸びやかに飛び立てるチャンス、そのためにエネルギーを蓄えるチャンスです。この勉強会も同じで、生徒たちには自分のことをじっくり振り返る時間をつくって欲しいですね。

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インタビュー収録:2023年6月
聞き手・文:かのうよしこ

関連公演

OMF室内楽勉強会 ~リートデュオ・リサイタル~

2023年8月19日(土)松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)

リートデュオ・リサイタル(奥志賀高原ホテル 森の音楽堂)

2023年8月17日(木)奥志賀高原ホテル 森の音楽堂