サイトウ・キネン・オーケストラにとって、3年ぶりのオペラ公演、ブリテン《夏の夜の夢》が8月17日、まつもと市民芸術館で初日を迎えます。先日、都内で行われた記者懇親会では、本作の指揮を務める沖澤のどか(OMF首席客演指揮者)と、演出、装置、衣裳デザインを手がけるロラン・ペリーが、作品の魅力や公演への意気込みについて語りました。懇親会の内容を抜粋でお届けします。

──《夏の夜の夢》の音楽的な魅力について
沖澤 ブリテン作品に最初に触れたのは、子どもの頃にCDで聴いた「青少年のための管弦楽入門」だったと思います。「青少年のための管弦楽入門」はパーセルの音楽が基になっていますが、このオペラでもパーセルの影響が大きく感じられます。まず楽器編成がユニークです。小編成のオーケストラにチェンバロと2台のハープ。チェンバロ奏者はチェレスタも兼ねて演奏し、その独自の編成が唯一無二の響きを生み出しています。
総譜には、「パーセル風に」と指示された箇所もあり、《ディドとエネアス》を想起させる箇所や、モーツァルトの《魔笛》の引用など、パロディやオマージュが随所に散りばめられています。知れば知るほど面白い作品ですし、そうした細かい仕掛けを抜きにしても、幻想的かつコミカルな音楽に満ちた、とても魅力的な作品だと思います。

そして、ブリテンの英国的なユーモアのセンスというのを、このオペラで初めて感じました。昨日ちょうど職人たちの場面を歌手の皆さんと立ち稽古をしました。とにかく皆さん芸達者で、自分たちでどんどんアイデアも出してくださったのですが、演出をつける前にも音楽ですでに喜劇的。昭和のドリフや吉本新喜劇にも通じる感覚があり、オペラは敷居が高いと思っている方にも楽しんでいただけるはずです。

ロランさんの演出は、幕が上がった瞬間に幻想の世界へと誘う魔法のような演出です。なによりも音楽と齟齬がなくピッタリと合っている─これは言うのは簡単ですが、実現するのはなかなか難しい。もうその一点で本当に素晴らしいと思います。
この作品では、子どもたちが妖精の役を務めます。幕開けや第3幕の終わりなど大事な場面に登場します。先日松本で子どもたちの稽古を見に行きましたが、最初はシャイな感じでしたが、だんだん積極的に取り組むようになってくれました。本番までのひと夏の経験が、きっと彼らにとっても、関わるすべての人々にとっても、そしてご覧いただく皆さまにとっても、まさに夢のような舞台になるだろうと感じています。
そして、サイトウ・キネン・オーケストラは3年前の《フィガロの結婚》の初めてのリハーサルで、序曲の最初の音が出た瞬間に度肝を抜かれた”スーパーオーケストラ”です。ブリテンの面白さの機微を徹底的に表現してくれると思います。
──ロラン・ペリーの演出コンセプトについて
セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)では過去に《利口な女狐の物語》(2008)、《子どもと魔法》《スペインの時》(2013)、《フィガロの結婚》(2022)を手掛けたペリー。2022年はコロナ禍で来日が叶わなかったため、今回が待望のOMFへの参加となります。

ペリー 松本は忘れがたい思い出がたくさん残っている特別な場所。そんな街で、個人的にも大好きな《夏の夜の夢》を上演できることをとても嬉しく思います。このオペラの大きな特徴は、他のシェイクスピア作品─例えばヴェルディのような作曲家の作品とは大きく異なる点として、シェイクスピアの言葉に重きを置いている点が挙げられます。シェイクスピアの作品はそれだけでも素晴らしいものですが、私はこの作品を最初は演劇として演出し、その後もたびたびオペラとして手がけてきましたが、そのたびにこの作品の素晴らしさに心を打たれています。
天才的なシェイクスピアの表現は詩的であり、暴力的な点もあり、深い愛、究極の煮えたぎるような愛情を求めていく─その欲望の世界を非常に見事に、そして近代的に描き出していることに、今でも驚愕しています。
ブリテンの音楽は、シェイクスピアの世界をさらに引き立てています。滑稽さや面白さ、そして詩的な情緒を、音楽がより豊かに表現しているのです。私は常に、この音楽が生み出す“魔法”にこだわってきました。もし音楽へのこだわりがなければ、私は演劇の演出家としての道を歩んでいたでしょう。しかし、私はこの音楽の持つ魔法の力のとりこであり、どの作品を手掛ける際にも必ずその力を意識して演出するよう心がけています。
今回の演出では、美しさにこだわると同時に、その中に潜むミステリアスな部分も表現しなければならないと考えました。というのも、この作品の大きなテーマである「欲望」──なぜ人は人を愛するのか、そしてなぜ愛さなくなるのか。そんな欲望の美しくもミステリアスな二面性を、シェイクスピアは知的に描いており、私もそこを意識した演出を心がけました。
まず演出にあたっては、音楽の持つ魔法の力と、欲望というミステリアスな要素をどう融合させるかを考えました。そのとき着目したのが、作品のタイトルにもある「夢」です。夢は非現実の象徴ですから、この物語も現実離れした世界から出発させたいと考えました。もう一つの鍵は「夜」「暗闇」です。私は常に舞台演出において、すべてを見せるのではなく、隠すところに真意があると考えています。例えば、観客が「ここはどこなのか」「見えているものは現実なのか幻想なのか」と見せていないところに想像力を働かせて観ることが大切だと思っています。《夏の夜の夢》にはそうした場面が多く織り交ぜられており、今回の演出でも、人が宙を飛んだり、妖精たちが登場したり、タイターニアとオーベロンの対話がミステリアスであったりと、不思議な世界観を大切にしました。「ここはどこなのか」「自分が見ているのは本物なのか」「現実なのか想像の世界なのか」──今回の作品で、私は観客の皆さまをそんな迷いの中へ誘いたいと思っています。
今回は照明も非常に多彩に使用し、舞台自体も黒い鏡張りにしました。さらにその鏡は可動式で、登場人物が幾重にも映り込み、観客が実際の存在と反射像の区別がつかなくなるような演出効果を取り入れ、この鏡の反射を使った“遊び”も多用しています。
シェイクスピアとブリテンという偉大な2人による合作であるこの作品。私は、シェイクスピアはまさに「世界そのもの」を描いていると思っています。シェイクスピアは世界を語り、命の根源とは何かと問いかけ、さらには宇宙そのものまで表現しているとも感じます。今回の作品では、そのシェイクスピアの世界観が大きくも小さくも、詩的な情緒ある表現の中で、時にはユーモアを交えつつ、私たちに「生命とは何か」「世界とは何か」を問い掛けていると思います。
─お互いの印象について
沖澤 まだご一緒して数日ですが、とてもフレキシブルな方だと感じています。
一人ひとりの歌い手や役者をよく見ていらっしゃって、再演であっても、その場で実際に演じる方に合わせて少し挑戦したり、新しいアイデアを出されたりする。その過程を興味深く拝見しています。
ペリー 私はこれまで多くのオペラを演出してきて、常に指揮者とのコラボレーションは非常に大事だと考えています。いろんなインタビューでも語ってきていることですが、私の役目はリハーサルまで。リハーサルが終われば、全ては指揮者の手に委ね、私は客席から見守る立場です。
今回は再演*ですが、常に私はそれぞれのソリストの個性を最大限に引き出したいと思っていますし、同じ演目でもまったく同じ作品にはなりません。これから初日までまだ時間がありますので、沖澤さんと一緒に切磋琢磨しながら、良い作品を創り上げたいです。様々なテンポ、アイデアも多くお持ちだと思いますので、それを演出にもどんどん取り入れていきたいと考えています。初日までお互いにアイデアを出し合いながら、より良い舞台を目指します。

──松本で上演する意義
沖澤 セイジ・オザワ 松本フェスティバルに来れば、日本で一番優れたオペラが観られるというのが一つこのフェスティバルの大きな意義だと思います。それは、小澤征爾さんがジェシー・ノーマンさんを迎えて《エディプス王》を演奏した初回から始まっています。東京には多くの劇場や団体がありますが、松本では世界中から歌手やスタッフ、演出家が集まり、比較的長いリハーサル期間をかけて、同じ街で、まるで一つの家族のように過ごしながら、一つの作品を創り上げていきます。この制作期間の長さも特別な要素です。私が初めて松本に来たのは、ロラン・ペリーさん演出の《フィガロの結婚》のときでしたが、そのとき出会った歌手やスタッフとは今でも交流が続いており、世界の各地で「松本で会ったよね」と再会することもあるほどです。それだけ特別な場所、「世界の中の松本」だと思います。
自然豊かという点でも松本は魅力的です。日本の夏はどこも暑く、松本も暑いですが朝晩が少し涼しく、虫やカエルの声が聞こえる。青森出身の私には懐かしさを感じる風景です。《夏の夜の夢》は夏至の物語ですが、夜の森で虫や鳥、動物の声を聞き、花のベッドで眠る──そんなファンタジーの世界観は、自然が身近な松本だからこそより身近に感じられるのだと思います。
都会では、コンサートを聴いた後に外に出ると、車の排気ガスや騒音で現実に引き戻されてしまうことがありますが、松本にはそうしたことがありません。避暑に来る感覚で、この街で音楽を楽しんでいただけたらと思います。
ペリー 全く同感です。松本で仕事をさせていただくのは数回目ですが、どの作品も忘れがたい思い出がありますし、フェスティバル自体が非常に芸術性の高い場だと思っています。
また、稽古期間が長いというのは世界的にも珍しく、ソリストだけでなく、裏方を含めたチームのレベルも非常に高いです。そうした意味でも松本で上演できることを、とても満足に思っています。
私は世界中の大都市の様々なオペラハウスで演出をしてきましたが、それらとは打って変わって、松本という大自然に囲まれた小さな街で、ソリストたちがホテルから歩いて劇場に通うというのは特別な環境です。ソリストたちを見ても、そうした生活の中で、皆がリラックスし、朝晩共に過ごすことでチームワークも深まっていきます。今回の《夏の夜の夢》のような作品には、まさにそのチームワークが大事ですので、この作品を松本で上演することに大きな意味があると考えています。

東京でのリハーサルを終えた《夏の夜の夢》のカンパニーは、今週から松本に入り、8月17日の初日に向けてリハーサルを重ねています。どうぞご期待ください!
記者懇親会:2025年7月18日
写真:大窪道治/2025OMF
関連公演
2025セイジ・オザワ 松本フェスティバル
オペラ ブリテン:《夏の夜の夢》全3幕2025年8月17日(日)、20日(水)、24日(日) まつもと市民芸術館・主ホール
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
指揮:沖澤のどか(OMF首席客演指揮者)
演出・装置・衣裳:ロラン・ペリー
出演:
オーベロン:ニルス・ヴァンダラー
タイターニア:シドニー・マンカソーラ
パック:フェイス・プレンダーガストほか
*フランス・リール歌劇場のためにデザインされ、初演されたプロダクションを使用